2012年02月23日

中央防災会議の無責任ぶり−番外編(3)

中央防災会議の無責任ぶり−番外編(1)
中央防災会議の無責任ぶり−番外編(2)のつづき

今回は「震源域」について述べたいと思います。

次の図Aは、かつて専門調査会A(日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会)が作成したものを、専門調査会B(東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会)が引用した図として前回載せたものです。この図の右図が専門調査会によって決定された「防災対策の検討対象とする地震」の基になった図です。これらの図には不審やいかがわしさがあふれていると述べましたが、今回は特に図Aの左図の「震源域」について述べたいと思います。

図A

「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会 第2回(平成23年6月13日)
資料3-1「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震における対象地震の考え方」
http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/higashinihon/2/3-1.pdf
の22ページ目「3.地震・津波の再現モデルの構築」より
地震・津波の再現モデルの構築.jpg


この図Aの左右の図の直前の語句を次に引用します。
左図は「強震動を発生させる断層領域(震源域)の模式図」
右図は「津波を発生させる断層領域(津波の断層域)の模式図」

左図に記載されている語句「強震動」に関しては次回に述べますが、今回は「断層領域(震源域)」を取り上げます。「断層領域」の語句は右図にもありますので、「震源域」に注目します。

ところで、「震源域」の意味を知るために、日本で地震に関して最も権威のある「地震調査研究推進本部」の「用語集」から引用してみました。なお、この推進本部の地震調査委員会の委員長は、専門調査会Aの委員でもあった、阿部勝征東大名誉教授です。

震源域「地震調査研究推進本部」の「用語集」からの一部引用で、興味深いか所に下線を引きました)
震源域 「地震とは地下の岩盤の破壊現象であり、一般にはある面に沿って、その面の両側の岩盤が急激にずれ動く現象である。…。最初に「ずれ」が始まった点を震源と言い、「ずれ」が生じた範囲全体のことを、本報告書においては震源域と言う。…。震源は地震波の見解から即座に求めることができるが、震源域の推定には時間がかかる。震源域は余震の分布、津波の波源域、地表に現れた断層などから推定される。本報告書の図中の震源域は、原則として、陸域にかかる地震については断層モデル、海域の地震については津波の波源域を示している。…津波の波源域は津波が発生した範囲を示すので、地下の震源域の地表面への投影より広くなりがちである。

地震調査研究推進本部の見解で興味深いのは、「原則として」ですが「陸域にかかる地震は断層モデル」、そして「海域の地震については津波の波源域」としている点です。この見解に則って図Aの左図を見ると、黄緑色の具体的な発生年が記載された“長方形の直線”の「震源域」も、青色の発生年月日のない“なだらかな線”で囲まれた「震源域」も「海域」にありますので、これらは両者とも「波源域」ということになります。

ところで余談になりますが、黄緑色地震は「プレート内地震」(右図の右下に説明されている)ですので、実はこれらは、すべて専門調査会Aによって「防災対策の検討対象とする地震」の「対象外」にされた地震ばかりです。それにもかかわらず、この無関係のプレート内地震に対して“具体的な発生年”をわざわざ記載していかにも特別な地震であるかのように誘導しています。また、青色の“なだらかな線”とは対照的な直線の長方形で囲まれています。この記載にも意味がありそうです。これらの不審なプレート内地震も次回以降に述べたいと思います。


さて、青色の地震は右図の右下から「プレート間地震」だとわかります。この青色の“なだらかな線”で囲まれた地震こそが「プレート間地震」別名「海溝型地震」とか「プレート境界型地震」と呼ばれています。これらの地震のうち、原発事故のあった福島県沖や、東海第二原発のある茨城県沖の地震を除いてすべて「防災対策の検討対象とする地震」となりました。くどいようですが、この青色の「震源域」は「海域」にありますので「波源域」のはずです。なぜか左図の真上の語句「強震動を発生させる断層領域(震源域)」を「波源域」とするのはしっくりいきません。

そこで、「波源域」を同じ地震調査研究推進本部の「用語集」で確認しました。

波源域「地震調査研究推進本部」の「用語集」からの一部引用)
津波の原因は、海底下の浅いところで発生した地震による海底の隆起や沈降が主なものであるが、まれに海底火山の噴火、海底地すべり、海岸近くの山崩れの場合もある。なお、津波が発生した領域、すなわち、つなみの原因となる海底の隆起や沈降を起こした領域を津波の波源域と呼ぶ。波源域は、地下の震源域の地表面寄りは広くなりがちである。

必ずしも、「震源域は…原則として、海域の地震については津波の波源域を示している」とは言えない解説です。地震調査研究推進本部の「用語集」の中でも矛盾が起きていますから、素人の国民にはよく理解できない解説の仕方です。

ところで、阿部教授が委員をしていた「東南海・南海地震等の専門調査会」(以後「専門調査会C」する)でかつて想定していた震源域を見てみましょう。ここでは、地震調査研究推進本部の見解と違って、専門調査会Cは震源域が海域にありながら、震源域と波源域を別々に記載していました。



東南海・南海地震等に関する専門調査会(第16回)資料3 図表集2の2ページ目
かつて想定されていた震源域と波源域

この上の図が3連動の場合の震源域(黒色)と波源域(赤色)です。陸地が少し含まれていますがほぼ海域にありますので、これらは地震調査研究推進本部の見解では「波源域」又は「震源域」として別々ではなく一つで表されるはずです。地震調査研究推進本部と中央防災会議専門調査会の見解は異なっていると言えます。

ところが、次の図は平成23年12月27日に内閣府の「南海トラフの巨大地震モデル検討会」(阿部勝征東大名誉教授ここでも座長をしている)が公表したものです。東日本大震災を踏まえて、想定震源域が2倍に拡大されました。右下の部分から、黒の太線が「震源域と波源域」を示しています。かつて想定されていたのは黄色で記載されていて、実線が波源域を表し、…線までが震源域を表すことははすぐ上の図からわかります。しかし、12月27日の「検討会」の資料1では、震源域と波源域が黒の太線を見ればわかるように同一になっています。ここでは、海域の「震源域」は「波源域」そのものを示しています。地震調査研究推進本部と「南海トラフの巨大地震モデルの検討会」は同一の見解といえるでしょう。



南海トラフ巨大地震モデル検討会 資料1 53ページ目
http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/nankai_trough/7/1.pdf
図X.1新たな想定震源域・新たな想定波源域
新たな想定震源域
素人の私が言うのはおかしいかもしれませんが、「地震調査研究推進本部」や「南海トラフ巨大地震モデル検討会」のような「「海域」の「震源域」を「波源域」とするのは、正しいとは思えません。震源域は「地震波」によってその領域が決まります。しかし、「波源域」は地震波とは無関係で、地震によってもたらされた「地殻変動」によって発生します。「波源域」あるいは「波源」は、「津波」から国民を守るために避けては通れない研究です。東日本大震災後初めて静岡市で開催された地震学会では、東日本大震災の反省は口先ばかりで、この津波の「波源域」あるいは「波源」の語句が一度も出てきませんでした。ずっと不思議に思っていたのですが。その原因を考えれば、「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」(専門調査会A)には「想定波源域」の語句が全くないことに気づきました。専門調査会Aが想定しなかった?「想定波源域」が原因ではないかと…。

そして、先日NHKで福島第一原発近くの津波の調査に入った準教授がとうとう「波源」を口にしました。「波源域」の詳細な調査研究失くして、「津波」から国民を守れないのではないかと考えています。

次に続きます。




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2012年01月28日

中央防災会議の無責任ぶり−番外編(2)

中央防災会議の無責任ぶり−番外編(1)の続き

国の中央防災会議は東北地方の太平洋沖の日本海溝付近で発生する海溝型地震による地震・津波から住民の生命や財産を守るために「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」(以後「専門調査会A」とする、平成15年10月27日の第一回から平成18年1月23日の第十七回まで会議が開かれたが、実際は平成18年1月25日にこれまでの一部が、溝上座長一任で修正された)を設置し、地震・津波対策を立てていました。その結果が、東北地方太平洋沖地震の津波による約2万人の犠牲者そして福島第一原発事故の災害です。
そこで国は、国民の生命と財産を守れなかったふがいない専門調査会Aに対し、「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」(以後「専門調査会B」とする)を設置しました。防災先進国といわれている日本、地震や津波の権威者である、専門調査会AやBがいかに不審でいかがわしいかを述べています。


専門調査会による「防災対策の検討対象とする地震」の決定の重要性

国の中央防災会議によって設置された専門調査会Aが、最初に行ったのが、「防災対策の検討対象とする地震」の決定、つまり、過去の地震の抽出でした。

ちなみに、「東南海・南海地震等の専門調査会」(以後「専門調査会C」とする)では、「検討対象とする地震」をはっきり次の5つに決定しています。

1707年の宝永地震(M8.6 東海・東南海・南海の三連動)
1854年の安政南海地震(M8.4この32時間後に次の安政東海地震が発生)
1854年の安政東海地震(M8.4 東海・東南海の連動)
1944年の南海地震(M8.0この2年後に東南海地震が発生)
1946年の東南海地震(M7.9)

しかし、専門調査会Aには明快さはなく、このことがこの専門調査会Aの著しい特徴となっています。

しかしながら、過去に起こった地震をもとにして、将来発生するかもしれない地震や被害の想定をし、国や各自治体によって防潮堤の建設やハザードマップの作成等の防災対策がなされるのですから、「防災対策の検討対象とする地震」の決定は、非常に重要な決定といえます。この決定があいまいだったために、国、地方自治体、個人に至るまで海溝型地震や津波の備えが不十分で、日本人の将来を左右するような東日本大震災が起こったと言えるでしょう。


「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」が決定していた「防災対策の検討対象とする地震」とは

専門調査会Aがかつて選定した「防災対策の検討対象とする地震」が、東日本大震災後に専門調査会Bの次のサイトの25ページ目(このページを以後「図@」とする)に引用されていますので、見てみましょう。


東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会 第2回(平成23年6月13日)
資料3-1「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震における対象地震の考え方」

http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/higashinihon/2/3-1.pdf

の25ページ目「防災対策の検討対象とする地震」

図@
防災対策の検討対象とする地震.jpg

左図を見ると、紺色の枠が9つあります。右の表を見ると地震名は「択捉島沖地震」〜「明治三陸地震」の8つしかありません。それは、宮城県沖地震を「陸側」と「海溝側」に分けていますので、左図では合計9つになります。これら紺の枠はごく常識的に考えれば「震源域」と思いがちですが、じつは震源域ではありません。では、一体何だったのでしょう。


「防災対策の検討対象とする地震」は、「(過去の)地震の再現モデル」ではなく「(過去の)津波の再現モデル」だった。なぜ「地震」ではなく「津波」なのか?

ここに非常に興味深い図があります。図@と同様、専門調査会Aによってかつて作成されたものを、震災後に専門調査会Bが、次のサイトの22ページ目(以後これを「図A」とする)に引用した図です。

「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会 第2回(平成23年6月13日)
資料3-1「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震における対象地震の考え方」
http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/higashinihon/2/3-1.pdf
の22ページ目「3.地震・津波の再現モデルの構築」
図A
地震・津波の再現モデルの構築.jpg

この図の見出し「地震・津波の再現モデルの構築」とは、「過去の地震と津波を再現し、新たに作成し直した図」というような意味でしょうか。左図が過去の「地震の再現モデル」、右図が過去の「津波の再現モデル」ということのようです。図Aの左図の「(過去の)地震の再現モデル」が、図@の「防災対策の検討対象とする地震」になっていると考えるのが当然です。比べてみましょう。北海道の「択捉島沖の地震」(地震名がぬけていますが)、「色丹島沖の地震」、そして東北地方の「宮城県沖の地震」の「陸側」はそっくりです。しかし、「三陸沖北部の地震」や、「宮城県沖の地震」の「海溝側」は図Aの左図に比べ、図@は“どでかく”膨らんでいます。さらに、「1896年の明治三陸地震」や「500年間隔地震」が図Aにはありません。図@の「防災対策の検討対象とする地震」は、図Aの左図「(過去の)地震の再現モデル」がもとにはなっていいないことがわかりました。

ところが、図Aの右図「(過去の)津波の再現モデル」の方を見てください。図Aの右図は8つの地震名も、9つの地震の枠の形状や大きさも図@と同一です。つまり、図@の「防災対策の検討対象とする地震」のもとは、「(過去の)津波の再現モデル」だったことがわかりました。

しかしながら、専門調査会Aが「(過去の)地震」ではなく、「(過去の)津波」の再現モデルを「防災対策の検討対象とする地震」と選定したのはなぜでしょうか。それに、そもそも「(過去の)津波の再現モデル」の正体はなんだったのでしょうか。図Aの左右の図から探っていきたいと思います。

次回に続く


追伸

今回も、専門調査会AとBの不審やいかがわしさのキイワード「波源域」まで話を進めることができませんでした。最初、図@や、図Aの左右の図から簡潔に説明できると思ったのですが…。ところが、特に図Aの左右の図には不審やいかがわしい点が多数存在し過ぎです。国の中央防災会議の専門調査会は姑息な手段で国民を欺いてきたといえるでしょう。専門調査会は、政府や官僚の浅薄な地震や原発の考えの手先にならず、学者らしく批判的精神を以って、研鑽した研究成果でお互いに啓発し合い、わかりやすい言葉で国民に示してほしいと思います。






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2012年01月14日

中央防災会議の無責任ぶり−番外編(1)

「津波の堆積物調査」は、「波源域(津波の発生源)」のカモフラージュ?

東日本大震災の後、防災に役立てようと、海岸に沿った崖を掘削したり、池をボーリングしたりして津波の痕跡、つまり津波堆積物を調査し、過去に起きた津波の規模や年代を推定する方法が報道され脚光を浴びています。この方法は単純で安易ですが、現実的な調査方法の一つだと言えるでしょう。但し、これらの調査から、津波の原因となった地震の「震源域」や、津波の発生源の「波源域」の規模(広さ)を、わかりやすい数値や図面におこすことは容易ではないと思われます。うがち過ぎかもしれませんが、これらの津波堆積物の調査だけに偏った大げさな報道は、「波源域(津波の発生源)」のカモフラージュかもしれないと想像しています。


東日本大震災は、東北地方太平洋沖地震がもたらした津波犠牲者約2万人と原発事故等の複合災害

ところで、津波犠牲者約2万人(当初は約3万人と公表されていた)や福島第一原子力発電所事故等の複合災害である東日本大震災の原因は、平成23年3月11日午後46分頃発生した、モーメントマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震でした。震源は牡鹿半島の東南東約130km付近の深さ約24kmの地点で、逆断層の海溝型地震でした。震源域は、東北地方の太平洋側の海岸と日本海溝の間で、南北に500km、東西に200kmもの広さに及びました。(数値は気象庁の公表による)


「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」の不審やいかがわしさ

さて、この地域の地震や津波の規模を、国の中央防災会議の「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」(これ以後、「専門調査会A」とする)が、平成15年10月27日の第一回から平成18年1月23日の第十七回(実際は平成18年1月25日にこれまでの一部が、溝上座長一任で修正された)想定していたことはあまり知られていません。そして、その内容の不審やいかがわしさも…。そして、専門調査会Aが当時作成した資料等が、都合が悪いところが多々あるのでしょう。今行政によって盛んに書き換えられています。中には見る影もないほどです。臭いものにはふたということで過去の資料の隠ぺいが行われています。

専門調査会Aの想定は莫大な額の税金を費やしたにもかかわらず、ことごとく外れただけでなく、甘い想定が住民の危機感を奪い助かるはずの犠牲者をより多く排出したと言えるかもしれません。


国は福島第一、第二原発のある、福島沖の津波の高さをたった5m程と過少に想定していた

不審やいかがわしさの一例をあげるとすれば、専門調査会Aは、福島第一・第二原発のある福島沖の海溝地震(プレート間地震ともいう)だけでなく、東海第二原発のある茨城県沖の地震も対象外と排除していました。

福島県だけでなく東海第二原発のある茨城県沖の地震も対象外として排除したことが分かるフロー図>
「日本海溝千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会 平成18年1月25日(第17回が最後でしたがそれを溝上座長の一任で修正したもの)」の「巻末資料」
http://www.bousai.go.jp/jishin/nihonkaikou/houkoku/kanmatsu1.pdf
の8ページ目の末尾の「図U-6 防災対策の検討対象とする地震の考え方」フロー図のすぐ右上の緑で塗りつぶされた枠の中に、「検討対象外」として末尾に「○福島県沖・茨城県沖のプレート間地震」とあります。
検討対象と対象外の地震.jpg


また、津波の高さも、福島第一・第二原発は約5m程と過少想定していたのです。
「日本海溝千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会 平成18年1月25日(第17回が最後でしたがそれを溝上座長の一任で修正したもの)」の「巻末資料」
http://www.bousai.go.jp/jishin/nihonkaikou/houkoku/kanmatsu1.pdf
の14ページ目(PDF)にある「海岸での津波の高さの最大値」です。見やすくするため実際の図を90度回転してあります。

海岸での津波高さの最大値.jpg

福島県の海岸の津波の高さの部分を拡大しました。
福島県と茨城県の津波の高さを拡大.jpg

さらに拡大したものです。福島第一原発の浪江町、大熊町等の津波の高さをご覧ください。
津波の高さをさらに拡大.jpg


国の防災の最高の権威である中央防災会議の専門調査会Aの5mの想定が、東京電力の福島第一原発の津波の甘い想定になんらかの影響を与え危険性を鈍らせ、防潮堤建設等の津波への対処を怠らせたと私は考えます。
国は東京電力の津波の想定の甘さだけを強調していますが、その前に、中央防災会議の専門調査会Aの福島県沖の津波の想定の甘さの猛反省があってしかるべきです。国は自分たちの津波の甘い想定を棚にあげて、民間に責任を転嫁するよう謀っているかのように思います。

福島第一原発が存在する浪江町や大熊町付近の津波の高さの最大値をご覧いただけたでしょうか。平成23年3月11日に福島第一原発を襲った津波は実際14mとも13mともいわれています。しかし、全閣僚が出席し、首相が会長の中央防災会議、その専門調査会の想定はこの図からわかるようにたったの5m程でした。福島第一原発は確か10m以上の崖の上にあるのに、なぜ民間の東京電力のみが津波想定の甘さを非難されるのでしょうか。津波犠牲者2万人と東京電力に油断をさせるような甘い5mの津波想定をしていた専門調査会Aこそがまず非難されて当たり前だと思います。


国は、2万人以上の津波犠牲者の明治三陸地震と同タイプの地震に対し、たったの2,700人と津波犠牲者を過少に想定していた

また、1897年の明治三陸沖地震で実際に2万人以上の津波の犠牲者が出ていたのですが、このタイプの地震の津波犠牲者をなんと2,700人と過少に想定していました。このような低い見積りに対する科学的な根拠をぜひ委員の方々に伺いたいものです。専門調査会Aは科学的根拠より、国が推進する原発の安全神話に加担したのかもしれません。

「日本海溝・千島海溝周辺の海溝型地震対策」
http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/taisaku_kaikou/pdf/gaiyou/gaiyou.pdf
の9ページ目(PDF)にある専門調査会Aが見積もった「被害想定結果」の一部です。

被害想定.JPG


図の中央にある凡例を見ると、紺色が津波被害です。最も被害の大きい「明治三陸タイプ」での想定は、建物被害9,400棟、死者数2,700人となっています。明治三陸地震では、実際2万人以上の津波犠牲者が出ていました。それをなぜ2,700人と過少に見積もって想定したのでしょうか。原子力安全神話を標榜していた国の政策の反映が津波犠牲者の過少につながったのではないかと思います。


「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」の不審やいかがわしさ

そして、今「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」(これ以後、「専門調査会B」とする)が専門調査会Aの反省をふまえて対策を立てようとしています。ところが、専門調査会Bは、もともと不審でいかがわしい想定をしてきた専門調査会Aをかばうような行動に出ています。BもAと同様不審でいかがわしさに満ちています。これらAとBの不審やいかがわしさについて次回以降で具体的に指摘していきたいと思います。


国が標榜してきた原子力神話によって、背後で操られている専門調査会?

そこで次回は、「震源域(地震の発生源)」を“どでかく”膨らましたような科学的根拠のかけらもない「波源域(津波の発生源)」を、防災対策上の「対象地震」としてねつ造して公表していた専門調査会Aだけでなく、それらに対しなんら批判的精神もなく専門調査会Aの公表を踏襲してAと同様国民をあざむくような専門調査会Bについても述べたいと思います。ねつ造のキイワードは「波源域(津波の発生源)」です。そして、中央防災会議の専門調査会には、背後で操っているかのような国の不気味な原子力安全神話の虚構の圧力が透けて見えるようです。

東北地方の太平洋沿岸には、5つの原発(青森県の東通原発、宮城県の女川原発、福島県の福島第一原発と第二原発、茨城県の東海第二原発)が存在しています。それを無視し中央防災会議では、地震、津波、原発事故などの複合災害の想定は避けられてきました。なぜなら、住民に原発事故をイメージするような巨大な地震や津波の想定は、原子力安全神話にとって都合の悪いことだからでしょう。このように考えれば、原発事故だけでなく多くの津波の死亡者や行方不明者も原子力安全神話の犠牲者だったかもしれません。


「想定外」は災害の度に発せられてきた、行政にとってすべての責任を回避できる魔法の一言

“想定外”という言い訳は今に始まったことではありません。この語句は国交省をはじめ過失の言い訳に災害の度に行政によって発せられてきたのを怪訝な思いで聞いてきました。つまり、行政にとって、このたった一言を発すればあらゆる防災上の責任を回避できる魔法の夢のような言葉であり、いざという時の懐刀なのです。そして、国は命にかかわる情報を隠ぺいしながら、責任逃れのために国民に”自助”を求めるのです。
いままでもこれからも“まやかし”がまかり通るのがこの国の退廃した防災なのかもしれません。

2011年07月19日

中央防災会議の無責任ぶり#6−東日本大震災


中央防災会議の無責任ぶり(過去の記事)
#1 http://blogs.dion.ne.jp/e63521174a/archives/10114024.html
#2 http://blogs.dion.ne.jp/e63521174a/archives/10117489.html
#3 http://blogs.dion.ne.jp/e63521174a/archives/10140927.html
#4 http://blogs.dion.ne.jp/e63521174a/archives/10154236.html
前回 http://blogs.dion.ne.jp/e63521174a/archives/10177611.html

D中央防災会議の無責任2

(8)阿部教授の中央防災会議「資料1」の6頁右図

1. 初めに−日本海溝・千島海溝型地震の語句の意味や法律的な範囲など

ここでは、「日本海溝・千島海溝型地震」や、「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」とは何かということを、「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法・施行令の概要」から引用してあります。しかし、これらが記載されていた出典は、既にweb上にはないと思われますのでその根拠を示すことができず残念です。その他、法律で定められている範囲も出典のアドレスとともに図1に記載しました。

今回の述べたいと思っていることは、専門調査会が日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震で「防災対策上の対象とすべき地震」の決定で何を決定したかによってあることが判断できるかも知れないと考えたことです。
そのあることとは、東北地方沿岸の日本海溝側にある5つの原発が、専門調査会による「防災対策上の対象とすべき地震」の決定に影響力を行使していた可能性のことです。最近の防災は、日本の経済事情反映し多額の税金を土木事業に費やせないこともあり、危険を明らかにして周知し国民の生命を守ろうと考えています。しかし、国民への危険性の周知は、また一方で原発などの安全神話を脅かす種にもなりかねません。政府が原発を推進しているならば、なおさら専門調査会は国民の安全か原発かという二者択一を迫られます。その時、国民の安全を優先したのか、原発の安全神話に加担してきたのかは、かつて専門調査会が決定してきた「防災対策上の対象とすべき地震」からある程度は判断できるのではないかと考えています。その決定の不自然さを調べそれをお知らせたいと思っています。そのお知らせが複雑で込み入っていますので、できるだけ理解していただいた方がよいと思い、少々面倒な語句の説明を載せました。

不自然さが感じられる中の1つに、東北地方沖の日本海溝では8つの地震領域(北海道沖の千島海溝は4つあり合計12の地震領域を図で示ししているのが図1にあたります)のうち2つの地震領域が「防災対策上の対象とすべき地震」として決定されただけでした。それらを実際に図1に当てはめて確かめることによって、専門調査会の決定の不自然さ異常さを実感して戴きたいと思い図1を載せました。また、専門調査会による日本海溝関係の検討対象地震があまりに少なく狭い範囲で、福島から房総まで対象外で空白でした。その範囲が本当に危険性がないならいいのですが、一応三陸沖北部から房総までの範囲が法律で定められていることを知っていただきたいと思って範囲を示す法律も記載しました。


日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震
北海道東方沖から東日本沖にかけての北米プレートに太平洋プレートが沈みこむ部分では千島海溝や日本海溝が形成されており、その周辺では多くの地震が発生しています。日本海溝・千島海溝周辺で発生する地震は、マグニチュード7前後のものからマグニチュード8を超える巨大なもの、プレート境界で発生するものやプレート内部で発生するもの、さらには地震の揺れのわりに大きな津波が発生する津波地震など様々なタイプの地震が発生しています。中には約40年間隔で発生する宮城県沖地震など繰り返しの発生が確認され、その切迫性が指摘されている地震もあります。

日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会
日本海溝・千島海溝周辺では、過去において、揺れの大きな地震はもとより、大津波を伴なう地震が多数発生していることなどから、この地域で発生する海溝型地震による地震・津波防災対策、特に巨大な地震に対する防災対策の確立を図るため、平成15年10月27日、中央防災会議に「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」が設置されました。
この専門調査会においては、日本海溝・千島海溝周辺で発生する海溝型地震のうち、防災対策上の対象とすべき地震を決定したうえで、その地震の揺れの強さ、津波の高さ、これらにより発生する液状化、急傾斜地崩壊、津波による浸水の状況等の被害を想定し、それらに対する地震防災対策について検討を行うこととされています。
先に行われた第10回専門調査会では、場所によっては15mを超える津波が襲来するとの推計などが発表されました。

日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震の範囲が「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」の第二条で示されています。

第二条この法律において「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震」とは、房総半島の東方沖から三陸海岸の東方沖を経て択捉島の東方沖までの日本海溝及び千島海溝並びにその周辺の地域における地殻の境界又はその内部を震源とする大規模な地震をいう。

上の条文で述べられている具体的な範囲は次の図1になります。
図1
図1−地震領域.JPG

http://www.bousai.go.jp/jishin/nihonkaikou/houkoku/kanmatsu.html
日本海溝…専門調査会報告の巻末資料1「地震動・津波の推計に関する図表集」の1頁

※図1で描かれている太平洋沖の黒く太い曲線は海溝軸で、北海道沖は千島海溝、東北地方沖は日本海溝と呼ばれています。千島海溝周辺の地震(領域)は、択捉島沖から十勝沖までの4つ(釧路沖をどうすくめるか定かでないので正確にわからない)の地震(領域)を含んだ範囲です。一方、日本海溝周辺の地震(領域)は、三陸沖北部から房総沖、さらにその東側の南北に長い「三陸沖から房総沖の海溝寄り」の合計8つの地震(領域)を含んだ範囲です。


2. 中央防災会議「資料1」6頁右図(図2)と、「検討対象とする地震」(図3と図4)

今回は阿部教授の中央防災会議「資料1」6頁右図です。次がその図で、6頁の右図を切り取って載せてあります。
資料1の6頁右図(資料1をクリックしてください。PDFでは7頁/13頁)
図2 資料1の6頁右図
図2−資料1の6頁右図.jpg

そして、この6頁から図を除いた残りの語句や文を順に抜粋したものが表1です。左図と右図がありますが、今回はブルーで塗りつぶした右図の語句や文が対象になります。図2で読みとれない時お使いください。
表1
推定震度分布の比較

東北地方太平洋沖地震日本海溝・千島海溝型地震の想定
推定震度分布図・最大震度を重ね合わせたもの

・主に宮城県沖地震
左図を省略右図を省略
(出典)気象庁提供資料※海溝側の領域が連動した場合の震度分布もほぼ同様

(出典)日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会報告
推定震度分布図は、個々の震度の値ではなく、大きな震度の面的な広がり具合とその形状に着目して利用すること。推計された震度と実際の震度が1階級程ずれることがある。


図2の末尾には「(出典)日本海溝…専門調査会報告」とあります。図2に似ている資料を探したところ、次の図3と図4が見つかりました。

図3 図2のもとの図で、宮城県沖地震も含めて6つの地震が検討対象地とされていた
図3−検討対象地震領域.JPG

http://www.bousai.go.jp/jishin/nihonkaikou/houkoku/kanmatsu1.pdf
日本海溝…専門調査会報告の巻末資料1「地震動・津波の推計に関する図表集」の10頁

図4  図3のもとの図で図3に合成されてる前の6つの対象地震
図4−検討対象地震.jpg
http://www.bousai.go.jp/jishin/nihonkaikou/houkoku/kanmatsu1.pdf
日本海溝…専門調査会報告の巻末資料1「地震動・津波の推計に関する図表集」の9頁


図2と図3と図4を比べてみましょう。
図2と図3は震度の色も全く同じですから、同一のもので図2は図3から宮城県沖周辺を切り取ったものであることがわかります。

図4と図3は震度の色が少し違いますが、6つの地震名も灰色の地震の形状も位置も同じです。図4と図3で震度(色)が少し違うのは、図4が単独の地震の震度を表しているのに対し、図3は6つの地震を重ねて重なった部分の最大の震度で表しているからです。


3. 図3と図4には専門委員会が知られたくない6つの「検討対象とする地震」が示されていた

次に図3と図4の末尾に記されている文を引用しました。これらの語句「検討対象とする地震」は何を意味しているのでしょうか。
図3 図U−8 検討対象とする地震について推計した震度の最大を重ね合わせた図

図4 図U−7 検討対象とする各地震の推計震度分布


この「検討対象とする地震」に似た語句は、冒頭で引用した2つのうちの1つの「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」にも記されていました。その部分を改めて抜粋します。

専門調査会においては、日本海溝・千島海溝周辺で発生する海溝型地震のうち、防災対策上の対象とすべき地震を決定したうえで、その地震の揺れの強さ、津波の高さ、これらにより発生する液状化、急傾斜地崩壊、津波による浸水の状況等の被害を想定し、それらに対する地震防災対策について検討を行う


図3と図4の「検討対象とする地震」と、冒頭の解説文中の「防災対策上の対象とすべき地震」は言い回しは違いますが、同じ意味考えることは可能です。すると上の抜粋した文は次のように言いかえることができないでしょうか。
抜粋文の「防災対策上の対象とするべき地震」を「検討対象とする地震」に、「揺れの強さ」を「震度」に変えたのが次の文です。変えた箇所を太字で表しています。
専門調査会においては、…検討対象とする地震を決定したうえで、その地震の震度、津波の高さ、これらによる液状化、急傾斜地崩壊、津波による浸水の状況等を想定し、…   



つまり、図3と図4は「検討対象とする地震」あるいは「防災対策上の対象とするべき地震」が専門調査会によって決定されたので、それぞれの「震度」を出した段階が図4で、それを合成したのが図3だと考えられると思います。

専門調査会が防災上の対象とすべき地震として決定していたのは、この図3と図4に載っている6つの地震「択捉島沖の地震」「色丹島沖の地震」「根室・釧路沖の地震」「十勝沖の地震」「三陸沖北部の地震」「宮城県沖地震」だったということです。この6つの中で東北地方沖の日本海溝周辺に限っていえばたった2つしかありません「三陸沖北部の地震」と「宮城県沖地震」だけです。

しかし、この宮城県沖地震は2つの領域に分けていますので、正確にいえば「宮城県沖(陸側)地震」ということになります。ここで用いられている「地震」は「地震領域」の意味も含んでいます。それでは、実際に冒頭の「1.初めに」の図1を使ってこれらの地震(領域)を当てはめてみましょう。

図3と図4の6つの地震の名称は、図1の領域に対応できます。6つの地震をはめ込めば、特に東北地方沖の日本海溝周辺の防災の手薄さ、専門調査会の異常さが明確におわかりいただけると思います。
図1
図1−地震領域.JPG

次の表2は、これまで述べたことを表にまとめたものです。専門調査会による地震領域決定と原発の立地の関係、さらに、決定された地震領域が実際の東北地方太平洋沖地震の範囲をことごとくはずしていたことがよくおわかりになると思います。表2 日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会で決定された地震(領域)と対象外とされた地震(領域)等
海溝検討対象地震領域専門調査会の決定原発の有無東北地方太平洋沖地震の範囲(ピンク)
千島海溝

(北海道)
択捉島沖検討対象
色丹島沖検討対象
根室沖・釧路沖検討対象
十勝沖・釧路沖検討対象
日本海溝

(東北地方)
三陸沖北部検討対象東通原発南側がかかっている
三陸沖中部対象外とする
宮城県沖(陸側)検討対象女川原発
宮城県沖(海溝側)

別名:三陸沖南部海溝寄り
対象外とする(女川原発)震源地M9.0
福島県沖対象外とする福島第一・第二原発
茨城県沖対象外とする東海第二原発
房総沖対象外とする北側がかかっている
三陸沖北部から房総沖の海溝寄り対象外とする南北に長いため全ての原発に関係一部

さらに、専門調査会が決定したたった2つの領域のたった2つの地震名とその詳細を表3にまとめました。
表3 専門委員会によって決定された東北地方のたった2つの地震の詳細
領域地震の名称マグニチュード最大震度最大津波被害
三陸沖北部1968年十勝沖7.955m死者52名、家屋全壊673棟
宮城県沖(陸側)1978年宮城県沖7.450.5m死者28名、住家全壊1183棟

専門調査会によって防災対策上の対象とすべき地震として決定されたのは、東北地方沖の日本海溝周辺ではこのたった2つの具体的な地震だけでした。


専門調査会が日本海溝周辺の地震領域を次々対象外としたその軌跡

東北地方沖の日本海溝周辺の地震領域は図1に示されていますが、その8つの領域のうちのたった2つの領域である「三陸沖北部」と「宮城県沖(陸側)」が専門調査会によって決定されました。しかし、それ以外の6つの地震領域は次々と対象外にされましたがその軌跡を追ってみたいと思います。対象外にされた領域名、理由、その理由が述べられているアドレスを示しました。


まず宮城県沖(海溝側)です。次の理由により対象外とされました。
陸側と海溝側の両領域を震源域とする地震については、1973(1793年の間違い)年寛政宮城県沖地震を対象とする。しかし、1793年、1978年の両地震の震度分布図は類似していることから、両領域を震源域とする地震についても、強震動を発生する主たる震源は1978年と同様、陸域に近い領域に設定することが適切と判断される。(つまり宮城県沖海溝側は対象外とされました。1793年は陸側と海溝側の連動でした。)
中央防災会議専門調査会 日本海溝。千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会 第14回 資料1の7頁
http://www.bousai.go.jp/jishin/nihonkaikou/7/siryou1/siryou1_body.pdf

つぎに福島県沖と茨城県沖です。次の理由により対象外とされました。
大きな地震が発生しているが、繰り返しが確認されていないものについては、発生間隔が長く、近い将来に発生する可能性が低いとして、防災対策の検討対象から除外することとする。このことから、海洋プレート内地震、及び福島県沖・茨城県沖のプレート間地震は除外される。

中央防災会議 日本海溝。千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会 第14回 資料1の2頁(PDFは3頁) 1.3対象とする地震
http://www.bousai.go.jp/jishin/nihonkaikou/14/siryou1.pdf


さらに房総沖です。次の理由により対象外とされました。
日本海溝・千島海溝周辺ではこの他に、500年間隔地震、1896年明治三陸地震、1677年房総沖地震が発生しているが、これらについては、津波地震で揺れとしては比較的小さかったこと、地震動を推計するための震度などに係る資料が十分にないことから、地震動推計の対象外とする。

日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会第7回 資料1の8頁
http://www.bousai.go.jp/jishin/nihonkaikou/7/siryou1/siryou1_body.pdf


三陸沖北部から房総沖の海溝より
この範囲を対象外とした証拠の文面を見つけることができませんでした。しかし、図3と図4にはこの領域がありませんので、対象外とされたことが推測できます。

三陸沖中部は理由が見つかりませんでした。しかし、次の頁のフロー図で対象外にされていることがわかりました。
「大きな地震が発生している」 No → 検討対象外 三陸沖中部

平成18年1月23日の中央防災会議専門調査会 日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会 修正会議 巻末資料1のPDFの8頁
http://www.bousai.go.jp/jishin/nihonkaikou/houkoku/kanmatsu1.pdf


ところで、最後の三陸沖中部のフロー図には興味深い内容(「検討対象」に8つの地震が挙げられている)が記載されていました。同じようなことが、「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波に関する専門調査会 第1回会合」の資料でも述べられていました。そこには特に「防災対策の検討対象とした地震」という語句とともに8つの地震があげられていました。

今回の図3や図4の6つの「検討対象とする地震」が本物か、8つの「防災対策の検討対象とした地震」が本物か、次回で考えてみたいと思います。






posted by hana at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月27日

石川嘉延・元静岡県知事と平成23年度春の旭日大綬章、そして静岡空港、浜岡原発


石川嘉延・元静岡県知事と旭日大綬章の受章

川勝平太静岡県知事の前任者は、平成23年度春の旭日大綬章を受章した石川嘉延・元知事でした。掛川出身で、東京大学法学部を卒業後、旧国土省、旧自治省、旧行政局に勤め、その後平成7年より平成19年まで静岡県知事として、ほぼ4期16年を務めました。平成21年3月に予定されていた静岡空港開港が6月に延期になった責任を取って、満期を1カ月余り残して、辞任しました。もともとの原因とは、航空法の西側制限表面に抵触する立木の隠蔽を謀った元知事らが、空港反対者の地権者の大井さんによって立木の伐採と引き換えに、辞任に追い込まれたのでした。

ところで、旭日大綬章とはどのようなものでしょうか。次はその意味をWikipediaから抜粋したものです。

「勲章制定ノ件」には、「国家又ハ公共ニ対シ勲績アル者ニ之ヲ賜フ 」(2条1項)と定められている。「勲章の授与基準」[1](平成15年5月20日閣議決定)には、旭日章は「社会の様々な分野における功績の内容に着目し、顕著な功績を挙げた者を表彰する場合に授与する」ものとし、「功績内容の重要性及び影響の大きさ、その者の果たした責任の大きさ等について評価を行い、特に高く評価される功績を挙げた者に対しては旭日重光章以上」を授与することと定めた。また、「内閣総理大臣、衆議院議長、参議院議長又は最高裁判所長官の職にあって顕著な功績を挙げた者」については授与する勲章の標準を旭日大綬章とし…

まだ上には2階級ありますが、主に大臣に与えられる勲章ですから県知事としては最高の受章であったと思われます


石川嘉延・元静岡県知事は、中央防災会議の常連委員

さらにWikipediaで知事以外の過去の役職を調べると、次のように防災に深く関与して、国からの信頼も別格であったことが伺い知れます。というより、当時自民党政権で総務大臣をしていた片山虎之助の義理の弟であったことが要因のひとつかもしれません。

内閣府中央防災会議委員、地震調査研究推進本部政策委員会委員、全国知事会理事・災害対策委員会委員長、学校法人静岡文化芸術大学理事長などを歴任…


それでは東京大学名誉教授などを含め4名の防災における学識経験者として、中央防災会議に8年間も名を連ねた石川嘉延・元静岡県知事の防災とはどんなものだったのでしょうか。主に静岡空港建設と浜岡原発に関して述べたいと思います。


石川嘉延が強引に建設しようとした静岡空港に、焼身自殺でもって抗議していた井上栄作さんが残した檄文

石川嘉延に物申

貴様は、静岡県民の意思に反して静岡空港建設を推し進め、 今は、農民から無理やり、権力を使って土地を取り上げ、 又、反対する多くの支援者をも無視して、力ずくで排除し、 何の必要も無い、永久に税金を無駄遣いする空港を、 嘘八百を並べ立てて、さも役に立つ空港であるかのように偽装し、県民を騙し、 犯罪者となんら変わらないゼネコンを使い、癒着し、県民に百年の禍根を残すその所業は赦しがたい。 よって、我が命を捨ててその悪行を糾弾する。
今、地球は危機的な状況にあり、このような環境破壊に金を使うべきではなく、 間近に迫っている温暖化への対策に金を使うべきなのだ。

   2007年2月6日   地球市民 井上英作
Blog鬼火〜日々の迷走から謹んで引用させていただきました.


中央防災会議で学識経験者として長年委員を務めた、石川嘉延・元静岡県知事が強引に推し進めた静岡空港の危険性

次は開示請求(平成22年2月8日付「空整第56号」)で得た滑走路の中心線に沿った縦断面図です。

図1 静岡空港の滑走路の中央線に沿った縦断図
静岡空港滑走路中心線に沿った縦断図.jpg

図1は深さが幅(滑走路の長さ)の5.5倍の割合になりますので、実際はもっと山と谷がなだらかです。しかし、このように山あり、谷ありの複雑な地形からわかる土質の脆い場所に、大規模に切土や盛土をして人工的に改造したのですから、空港が危険な場所に建設されたことは誰にもわかるでしょう。切土は高いところで40m以上、盛土は深いところで80mにも至ります。飛行場に接する夥しい17の土石流危険渓流が存在し、飛行機が離発着して常に震動を与える、飛行場の真下のトンネルには東海道新幹線が通っています。
これが、中央防災会議の防災に関する学識経験者といわれ、平成23年春の旭日大綬章を天皇陛下から受章した石川嘉延・元静岡県知事が強引に建設した静岡空港です。

図2 国土地理院の簡単地図作成の地図に盛土の部分を緑とピンクで囲んだ図
静岡空港盛土.jpg

図2は国土地理院の簡単地図作成サイトで作成した地図をデジカメで撮った写真です。緑とピンクの部分は盛土の部分です。飛行場の外部しか表現できていませんが、内部も切土盛土で大胆に改造されていることは言うまでもありません。
緑の盛土の一つ、赤い×印の滑走路の標点(標高132mで滑走路の中心)の南側の斜面に注目してください。画面右下の縮尺の表示を使うと、幅(横の長さ)は約1,000mです。深さは最も深い所で、標点の標高132m(静岡空港の標点は決まっています)や等高線の50mから判断して、132-50=82m程です。

ところで、盛土の土地は危険性が高まるのですが、簡便な危険性の判断として幅と深さで割り出す方法があるそうです。危険性がある場合は、幅÷深さ>10で、幅が深さの10倍以上になると崩壊しやすい斜面だと言われています。

この公式に先ほどの緑の盛土の幅と深さをあてはめると、1000÷80>10になり空港のこの場所が崩壊の危険性が高いことがわかります。

さて、私がピンクで表した盛土の部分ですが、国土地理院の地図にはこれらが盛土との表記がなされていません。しかし静岡県への情報開示文書(平成22年2月8付「空整第56号」)の図面にはこれらの部分が盛土であることがはっきり記載されていました。

図3静岡県の開示文書の図、国土地理院の図で削除されていた盛土の部分(図2のピンクの部分)が記載されていたので、その部分を同じピンクで囲みました。
開示文書盛土.JPG

図2の国土地理の簡単地図作成の地図で、東海道新幹線の入口と出口の盛土の部分(ピンク)が削除されたのは、これらの場所が自然の地形であると偽装したかったのかもしれません。実際特に管制塔やエプロンの南側の駐車場の新幹線のトンネル出口当たりで崩落があったようです。もし崩落して新幹線事故になっても、国土地理院の地図では自然崖になっていますから、自然災害で済まされ、静岡県は責任追及を逃れることができるかもしれません。

図2の国土地院の地図の等高線からわかると思いますが、非常に複雑な地形と脆い土質が想像できます。しかもこの危険な場所を人工的にいじりにいじった後でさらに新幹線駅の建設はもっての他でしょう。

新幹線の安全性を保つため、トンネル内の飛行機の離着陸による影響の検査を、JR東海から新幹線トンネル防護工施行委員会分化課に課せられています。静岡空港はその安全性で世界に誇る日本の新幹線にまで危険を及ぼしているのです。

安全性より搭乗率を上げるために躍起となっていた石川嘉延・元静岡県知事はJR東海に新幹線駅を要請し、技術的に無理と断られた時、通行税を取ると迫ったこともありました。現在でも、川勝静岡県知事が、やはり安全性より搭乗率優先で新幹線駅の建設を目論んでいます。



静岡空港建設に躍起となった石川嘉延・元知事がお抱え学者に過大に評価させた空港需要予想

さて、石川嘉延・元静岡県知事がお抱え学者たちを使用して過大に評価させた需要予測を表にまとめてみました。

表1 静岡空港の過大な需要予想と実績
年度知事需要予想あるいは見込み実績
1995(H7)石川178万人
2003(H15)石川138万人(国内106万人、海外32万人)
2009(H21)7月より川勝※63万人
2010(H22)川勝70万人(2013年度には)※51万人
※開港は2009年6月で、2009年度の実績は2009年6月より2010年5月までの1年間の実質搭乗者数。2010年度も同様。

防災先進県と口先だけで唱えている川勝平太・現知事は、この将来性の見込みが望めそうにない静岡空港に、県民に悟られないよう名目を別の名称にして多額の税金を投入し続けています。まさに石川嘉延・元静岡県知事の県民への負の遺産といえるでしょう。


中央防災会議で学識経験者と称された石川嘉延・元静岡県知事の県政下の違法測量が、静岡空港の危険性を増長

@西側制限表面の支障物件の立木と笹

飛行機が低空飛行する飛行場の安全は、航空法の制限表面で守られています。制限表面には、進入表面、転移表面、水平表面があります。
石川・元知事が責任を取らされ辞任に追い込まれたのは、西側進入表面(飛行機の進入方向の意味ではなく、滑走路の短辺に関する空間)の支障物件の立木でした。地権者大井さんが長期間にわたって、買収された残りの立木が航空法の進入表面より上の空間に出ていることを警告していましたが、石川県政はそれをずっと無視翻弄し続けてきた揚句、地すべり工事を持ち出して暗々裏の伐採を画策しましたがそれも失敗に終わりました。

やっと支障木であることを認めた時には既に手遅れ、2009年3月開港の予定が6月延期とました。2500mの滑走路も2200mに短縮されての暫定開港になり、そのための余分の費用は石川県政でなく県民に課せられました。石川県政の測量の杜撰さと隠ぺい強権体質が県民に明らかにされた事件でした。

6月の暫定開港後に辞任した後は川勝県政に引き継がれたのですが、9月の2500mでの完全開港を待つばかりのころ、今度は笹が進入制限を超えているのを地権者大井さんが発見し、それも警告していましたが、立木と同様無視し続け、直前に知らされた川勝知事が大慌てで、大井さんを直接訪問することで辛うじて予定通りの完全開港にこぎつけられた有様でした。静岡空港管理事務所の安全性の管理は無能を印象付ける事件でした。

これらは石川・元県知事政権での安全を無視した保身のための隠ぺいが空港建設に携わっている隅々まで行きわたっていたと言えるでしょう。国土交通省から出向してきていた岩崎俊一空港部長は今思うと単なる飾りものだったかもしれません。


A南側転移表面の支障木の無断伐採
平成21年2月11日、東京航空局が空港の完成検査を行っている最中に、飛行場に接した南側の管制塔を除いた最も高い場所で、静岡県による無断伐採が行われていました。後に県監査委員までがそれを支障木ではなかったと何度も繰り返して監査委員告示で述べていましたが、そのこと自体がまさに支障物件であったことを物語っているように思えました。さらに、航空法で禁止されている支障物件を監視して、飛行場の安全を守っているはずの静岡空港管理事務所も、「伐採場所の標高はわからない、そこは測量していない」と繰り返していました

ちょっと余談になりますが、法務局にこのことを伝える機会がありましたが、静岡県が「標高を知らないことなどあり得ない」という返事でした。「測量はしていない」の意味は判断しかねますが、切土、盛土の後の確定測量を怠っているのでそう言っているのか、又は、次々精度の不確かな基準点を設置したために、空港全体で矛盾する標高の数値が存在し、完成検査の数値の整合性もあるので回答できなくなっているのかもしれないと推測しています。

管理事務所に、標高を知らないで安全性がわかるのかと尋ねると、「東京航空局(国土交通省の出先機関)の完成検査で合格したから」と回答しました。ところが、その東京航空局は、「その(無断伐採)場所は静岡県が提出する完成検査の申請リストに入っていなかったため検査対象外だった」と回答しました。

静岡県は自分たちが航空法をクリアしている場所だけを完成検査のリストに申請し、無断伐採場所等の抵触しそうな場所は、申請していませんでした。そして、その上で国の完成検査に合格したのだから静岡空港は安全だと県民に説明しています。危険の場所の検査を避けるように画策して、安全を口で唱えている静岡空港管理事務所は詐欺師と何ら変わりないでしょう。

石川嘉延・元県知事のずるがしこい保身と隠ぺい体質をしっかり踏襲するのが静岡県の職員の出世へ近道といえるでしょう。

実際に、平成21年1月1日突然、石川嘉延県政下で静岡空港部理事と部長代理を兼任していた岩瀬洋一郎さんは筆頭副県知事に昇進、岩崎俊一空港部部長(国土交通省から出向していた)が退いた後を継いだ岩崎富夫空港部長も交通基盤部理事に昇進しています。両者とも空港延期の責任を取って処分されるはずが、なぜか昇進しています。石川嘉延・元県知事が処分される前に昇進させることによる理由があったのでしょう。ですから、川勝県政になっても何ら体質は変わりません。こういった部下への温情の旭日大綬章につながったことでしょう。

B管制塔の標高を知っていますか、これも転移表面抵触かもしれません。
静岡空港の安全を管理している静岡空港管理事務所に、管制塔の標高を尋ねると、「国の建物だから国(東京航空局静岡空港出張所)に聞いてほしい」といわれました。出張所に聞くと、今度は「(標高を)管理している静岡県に聞いてほしい」といわれました。そこで東京航空局に聞くと、何度かやりとりした後に「標高は避雷針のてっぺんが169.684mで、制限表面は170.684m以下に設定されている」と回答しました。

地盤の標高は出張所ではわからないということで、東京航空局にまた聞くと「130m」と回答し、私は国の建物であるので当然国が認めている精度の高い公共基準点を使用したと思ったので、「どの公共基準点を使用したのですか」と尋ねたところ、「静岡県から言われた標高130mを使った」ということで驚きました。

かつて静岡県が空港の測量として国土地理院に申請し助言を得て行った法に則った精度の高い公共測量は、土地の大改造以前の平成7年と8年の測量のみで、基準点測量と地形測量をしました。後は開港まで工事用の粗悪な基準点を次々設置し、さらに粗悪な基準点を設置し続けました。切土、盛土をして見る影もなく大規模に改造したのですから、工事で消失、あるいは改ざんされ、残っているのは公共測量の基準点の孫やひ孫ならまだいい方かもしれません。

そのような静岡県の不正な測量で得た地盤の標高130mを、東京航空局は国が認めた精度の高い基準点(水準点)で確かめもしないで、静岡県の提示した標高のまま、管制塔の高さを設定してきたとはなんと安全性に鈍感で無責任でしょう。

これでは、静岡空港管制塔のてっぺんの転移表面に抵触する可能性があるのではないですか、静岡空港管理事務所、東京航空局、東京航空局静岡空港出張所どれも管制塔の高さを尋ねると口をにごし、なかなか教えようとしなかったことも不審を深めました。管制塔のてっぺんの標高ついての詳細はまた機会がありましたら述べたいと思っています。

石川嘉延・元静岡県知事や国交省から出向した岩崎俊一空港部長らによって、また岩瀬洋一郎副知事や岩崎富夫交通基盤部理事たちによって、安全を犠牲にして身内の保身のための隠ぺいを優先した危険な空港が建設され放置されていると思います。


浜岡原発と3連動地震、中央防災会議で学識経験者と称された石川嘉延・元静岡県知事には、かつて県民や国民を災害から守るという断固とした意志を持ったことがあったのか

石川嘉延・元静岡県知事は、内閣府関係の総理が本部長を努め全閣僚が出席する内閣府の中央防災会議に、第1回(平成14年4月)から、知事辞任の直前の第21回(平成20年2月)まで、学識経験者として東大教授ら4名に名を連ね、出席して来ました。また、文部科学省に所属する地震調査研究推進本部の政策委員会の委員、全国知事会の地震対策特別委員長も15年間に渡って務めています。このような防災の要の役を引き受けながら浜岡原発に対してその安全性のために一体何をしてきたのでしょうか。

東海地震は、この度の東日本大震災によって初めて、東南海、南海を加えて3連動の地震として地震の規模や津波の高さの想定がなされるそうです。東海地震の中心に位置する浜岡原発を所有する静岡県の知事として長年の間一体何をしたのでしょうか。地震の規模の想定が高くなる3連動の提案も、災害によって引き起こされる浜岡原発の事故から県民を守る姿勢もありませんでした。単なる名誉職ぐらいに考えていたのでしょう。


県民を防災から守る志を持っていたのはどっちか−中央防災会議で学識経験者と称されていた石川嘉延・元静岡県知事か、それとも佐藤栄佐久・元福島県知事か

次は、石川嘉延・元静岡県元知事と真逆といっていい、佐藤栄佐久・元福島県知事が在任中の原発の安全性への取り組みを語っている映像です。両者とも原発容認派でしたが、石川・元知事は増設とプルサーマルを了承、佐藤・元知事はプルサーマルに対する安全性を国に強く要請しました。同時に、両者とも水谷建設との関連があり、石川・元知事は静岡空港建設の下請け会社だったため疑惑を持たれましたがうやむやになり、佐藤・元知事はダム建設の贈賄で東京地検に逮捕されました。その時の担当検事は“証拠品改ざん”によって無実の村木敦子元厚労省局長の立件を画策した、あの恐るべき前田検事でした。

ここでプルサーマルについての解説を引用したいと思ったのですが、適当な引用がありませんでしたので簡単にまとめてみました。

プルトニウムは、原子炉でウランを燃焼させた後に少量できる地球上に存在しない物質です。原子爆弾の材料にもなりますが、そうしないためにこのプルトニウムとウランを混合させて再利用しています。これがプルサーマルです。しかし、プルトニウムはウランに比べてずっと毒性が強いことが特徴です。福島第一事故では3号機がプルサーマルだったそうで、3号機の爆発後建屋付近でプルトニウムも検出されました。どの原発の何号機がプルサーマルかの情報公開をリスクも含めて行政は開示してほしと思います。

この映像での佐藤・元福島県知事の語りから、原発の影響力が、三権である行政、立法、司法にも、さらにマスコミにも及んでいた可能性が浮き彫りにされました。原発推進プルサーマルを承認してきた静岡県石川嘉延・元知事に与えられた旭日大綬章。浜岡原発の再稼働の布石さらにプルサーマルの布石かもしれません。

この度の東日本大震災で、日本ばかりか世界中を震撼させた福島第一原発事故を起こした今でも、原発の国や地方行政に与える影響力の行使は少しも衰えていないようです。原発の闇が日本国民の将来への閉塞を助長しないように願うばかりです。そして石川嘉延・元静岡県知事が天皇から旭日大綬章を受章するような日本に明るい未来はあるのかどうか疑問が残りました。

佐藤栄佐久・元福島県知事が現職時代に思い知らされた福島第一、第二原発への不信と、安全性への取り組みについて語っている映像
佐藤栄佐久のインタビュー 福島第一原発と知事















posted by hana at 04:16| Comment(1) | TrackBack(0) | 静岡県石川嘉延知事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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